東京地方裁判所 平成4年(ワ)2499号 判決 1994年1月31日
本訴原告反訴被告(以下「原告」という。)
株式会社コスモプロモーション
右代表者代表取締役
堀江三郎
右訴訟代理人弁護士
保田眞紀子
本訴被告反訴原告(以下「被告」という。)
亡和田英昭訴訟承継人和田美佐子
同
同和田英徳
同
同和田哲弥
右二名法定代理人親権者母
和田美佐子
右三名訴訟代理人弁護士
渋谷泉
主文
原告に対し、被告和田美佐子は一五〇万円、被告和田英徳及び被告和田哲弥はそれぞれ七五万円及びこれらに対する平成三年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴
主文第一項と同旨
二 反訴
原告は、被告和田美佐子に対し三〇五万円、被告和田英徳及び被告和田哲弥に対しそれぞれ一五二万五〇〇〇円及びこれらに対する平成四年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 当事者関係
原告は、テレビ・ラジオのコマーシャル企画制作及びビデオ等の映像の企画制作等を営業目的として、平成二年四月五日に設立された資本金一〇〇〇万円の株式会社である。
被告ら訴訟被承継人亡和田英昭(以下「亡英昭」という。)は、平成二年四月二〇日、原告の業務に従事することとなり(被告らは、同日、原告と亡英昭との間に雇用契約関係が成立したと主張し、原告は、この雇用契約関係の成立を否認する。)、同年六月六日、原告の専務取締役に就任し、平成三年五月二七日、任期満了により退任した。
2 役員報酬(総額五四〇万円)の支給
原告は亡英昭に対し、役員報酬(但し、被告らは雇用契約上の賃金であったと主張する。)として、平成二年八月八日八〇万円、同年九月六日四〇万円、同月二八日一二〇万円、同年一二月二〇日一二〇万円、平成三年二月六日六〇万円、同年三月五日六〇万円、同月二九日六〇万円をそれぞれ支給した。
3 損害金支払約束
原告と亡英昭とは、平成三年六月七日、左記のとおりの約束(以下「本件損害金支払約束」という。)をした。
記
1 亡英昭は、原告在任中専務取締役としての職責を完全に履行しなかったことを認め、原告に対し損害金として四〇〇万円を支払う。
2 亡英昭は、右四〇〇万円を次のとおり支払う。
<1> 亡英昭が堀江三郎に譲渡した原告の株式二〇株の堀江に対する売買代金債権を、本日、原告に譲渡する。
<2> 亡英昭が平成三年一〇月一〇日までの間に株式会社大広、株式会社朝日公告社及び株式会社東急エージェンシー等を通じて原告に制作を依頼するテレビコマーシャルのプロデューサー料(製作費総額三〇〇〇万円の一〇パーセント相当額)。
3 亡英昭が平成三年一〇月一〇日までに右の支払をしなかったときは、三〇〇万円を原告に現金にて直ちに支払う。
4 管轄を東京地方裁判所とすること。
4 相続関係
亡英昭は、平成五年六月四日死亡し、妻の被告美佐子が四分の二、長男の被告英徳、二男の被告哲弥が各四分の一の割合でそれぞれその地位を承継した。
二 争点
1 本件損害金支払約束の有効性
(原告の答弁及び主張)
被告らは、本件損害金支払約束は原告代表者堀江の脅迫行為によって締結させられたとか、亡英昭の誤信によって締結した旨を主張するが、このような事実はない。
仮に、亡英昭に誤信があったとしても、これは亡英昭の重大な過失による。
(被告らの主張)
(脅迫による取消)
本件損害金支払約束は、原告代表者堀江三郎が亡英昭に対し、亡英昭が他に相談したい人がいるので別の日に契約書に署名捺印したい旨を述べたにもかかわらず、署名捺印することを執拗に迫り、これをしなければ退出も認めないとして約四時間に亘った監禁状態の中で止むなく署名捺印させられて締結させられた。
そこで、亡英昭は原告に対し、平成四年一月一三日、本件損害金支給約束を脅迫を理由に取消す旨の意思表示をした。
(錯誤による無効)
本件損害金支払約束は、亡英昭が原告に対し何らの損害金債務を負担していなかったにもかかわらず、原告代表者堀江が亡英昭に対し、あたかもこれを負担しているかのような書類を示したうえで、強行に右債務を負担している旨を主張したため、亡英昭は、右のような監禁状態と相俟って右債務を負担しているものと誤信して締結したのであるから、錯誤として無効である。
(懲戒権の逸脱、権利の濫用、公序良俗違反)
本件損害金支払約束は、原告が亡英昭の交際費が売り上げ額に比し多いのでこの分の返還を求めるとして締結させられたのであるが、そもそもこのような請求は、交際費の基準が曖昧で原告代表者も公私混同をしておりながら、亡英昭に対してのみこの返済を求めるというのであるから、懲戒権の逸脱として効力がないばかりか、営業活動上交際費を費消しながらその成果が挙がらないからといって労働者に過ぎない亡英昭に右交際費の返還を損害賠償として請求するというものであって、権利の濫用であり、公序良俗違反である。
2 亡英昭の賃金請求権の有無
(被告らの主張)
亡英昭は、平成二年四月二〇日、原告と雇用契約を締結し、賃金として、同日から同年一二月二〇日までの九か月間については一か月八〇万円、平成三年一二月二一日から平成四年六月七日までの五・五か月間については一か月六〇万円の約で稼働した。
しかるに、原告は右の間の賃金総額一〇五〇万円のうち前述の五四〇万円を支給したのみで、残額五一〇万円を支給しない。
(原告の答弁及び主張)
亡英昭は、原告代表者堀江と共に原告において主要な役割を果たすため、自らの希望で専務取締役に就任したのであり、したがって、原告と亡英昭との間には雇用契約関係はなく、亡英昭の受け取るべき役員報酬額についても亡英昭が営業によって請負ってきた仕事の金額の一割とし、営業が軌道に乗るまでの当分の間は一か月八〇万円を目途とし、収入が目標に及ばないときは調整のうえ減額するということになっていた(名目は役員報酬であっても実質は歩合給)。
亡英昭の原告在任中の売上は五〇〇万円であったので、亡英昭の受取るべき役員報酬額は五〇万円であったけれども、原告は亡英昭に対し、前述したとおりの五四〇万円の支給をした。
また、亡英昭は、平成二年四月分の役員報酬についてはこれを放棄し、平成四年四月分以降は非常勤取締役となり、同月分以降の役員報酬についてもこれを放棄した。
3 亡英昭の株式譲渡代金返還請求権の有無
(被告らの主張)
原告は、平成三年六月七日、亡英昭から依頼されて亡英昭所有の原告の株式二〇株を、一株五万円で堀江三郎に譲渡した。
したがって、被告らは原告に対し、右譲渡代金一〇〇万円の返還を求める。
(原告の答弁)
原告は、亡英昭から右株式譲渡の依頼を受けたことはない。
亡英昭は原告に対し、右同日、右譲渡代金債権を本件損害金支払約束第二項のとおり譲渡した。
第三争点に対する判断
一 本件損害金支払約束の有効性について
証拠(<証拠略>)によると、本件損害金支払約束のなされた経緯は次のとおりであることを認めることができる。
原告代表者堀江と亡英昭とは、平成三年三月中旬ころ、原告の第一期の決算の見通しを立てたところ、同期の売上げ約六〇〇〇万円に対し営業費が約七二〇〇万円にも達し、約一二〇〇万円の欠損の生じることが略確実となった。そこで、この欠損の処理について両者で話し合った結果、堀江は、代表者としての責任上右欠損額の三分の二に当たる八〇〇万円を負担し、亡英昭も取締役としての責任上三分の一に当たる四〇〇万円を負担することとなった。その後の同月下旬、堀江と亡英昭とは、原告の来期についての話し合いをしたところ、亡英昭は、役員は荷が重いので退任したい、退任後は契約プロデュサ(ママ)ーとなり、報酬として売上高の一〇パーセントを受取りたい旨述べ、堀江もこれを受け入れることとした。同年六月三日、亡英昭は堀江に対し、別の会社を設立するので原告とは手を切りたい旨を述べたので、堀江もこれを了承し、そこで、前述の四〇〇万円の返済について話し合ったところ、亡英昭は、四〇〇万円のうち一〇〇万円については亡英昭所有の原告の株式二〇株を額面の一〇〇万円で堀江個人に譲渡し、この譲渡代金を充てることとし、残額三〇〇万円については亡英昭が得ることのできる見通しのプロデューサー料をもって充てたい旨述べ、堀江はこれを了承し、以上を内容とする契約書を作成することとなった。
堀江は、同月六日、右の契約書原案の作成に取り掛かり、本件損害金支払約束第三項以外は本件損害金支払約束と同内容の、第三項については、亡英昭が不履行の場合には三〇〇万円に加え、違約金として二〇〇万円を付加して支払う旨の契約書原案を原告訴訟代理人の指導を受けながら作成し、翌七日午後三時ころから約二〇分間、堀江と亡英昭とは、原告六本木支店会議室において、原告の株主で顧問でもある演出家の荻田忠弘立合いのもとで右契約書原案について話し合ったところ、亡英昭は、右第三項の違約条項の削除を求めたので、堀江もこれに同意し、本件損害金支払約束条項第三項が約され、これによって本件損害金支払約束がなされ、以上の記載された書面にそれぞれの署名捺印して作成されたのが(証拠略)の契約書であり、その際、亡英昭は堀江に亡英昭の同日付の印鑑登録証明書を差出した。
以上の認定事実によると、亡英昭は、原告の第一期の決算を向かえるに当たって約一二〇〇万円の欠損となる見通しとなったことから、取締役としての責任を感じ、その欠損額の三分の一相当額に当たる四〇〇万円を負担することとしたことから本件損害金支払約束がなされたということができる。
そこで、被告らの抗弁について検討する。
被告らは、先ず、本件損害金支払約束は原告代表者堀江の脅迫行為によってなされた旨主張するが、これに副った亡英昭の供述は原告代表者の供述と対比してにわかには信用することができず、他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
次に、被告らは、本件損害金支払約束は亡英昭の誤信によって締結した旨を主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りる証拠はない。
さらに、被告らは、本件損害金支払約束は懲戒権の逸脱として効力がないとか、権利の濫用あるいは公序良俗違反で無効である旨を主張するが、本件全証拠によるも、本件損害金支払約束が原告の懲戒権の行使としてなされたとか、権利の濫用あるいは公序良俗違反に該当する事情があることを認めるに足りる証拠はない。
よって、被告らのこの点に関する主張はいずれも理由がないので、被告らは本件損害金支払約束に従った責を負わなければならない。
二 亡英昭の賃金請求権の有無
証拠(<証拠略>)によると、次の事実を認めることができる。
亡英昭は、原告の業務に従事するようになった平成二年四月二〇日以前には原告と同業の株式会社CMアイズに主としてコマーシャルの営業・制作のプロデューサーとして勤務していたが、同年二月二〇日に同社を退職した後、同じ業界において就職することを希望していたところ、偶々縁戚に当たる株式会社ウィークスの代表者友光の紹介により同年四月一九日、原告代表者堀江と面談することとなった。この際、堀江は亡英昭に対し、堀江としても原告の業務が多忙であったため、営業プロデューサーとして就業してくれる人材を探していたこともあって、原告は設立間もない会社であるから原告に就業するからには自分と共に重要な役割を果たして欲しい、この覚悟があるならば明日の午前中に回答して欲しい旨を述べ、これに対し亡英昭は、良く検討したい旨を述べ、当日の面談は就業条件等についての話にまでは進まず、終了した。
翌二〇日、亡英昭は、堀江に電話で就業の意思のあることを伝え、そこで、連休明けにさらに具体的な話合いをすることとなった。同年五月一二日、堀江と亡英昭とは就業条件等について話し合い、堀江は亡英昭に対し、亡英昭を取締役として迎える用意のあること、報酬は資金繰りの関係で七月末となること、報酬としては一か月八〇万円を目途とするがこれは売上額により変動すること等を述べ、亡英昭はこれらの条件を了承する旨を述べた。
同年六月六日、原告の取締役澤地が辞任したことに伴い、亡英昭が同日取締役に就任し、これとともに亡英昭は澤地の所有していた原告の株式二〇株を一〇〇万円で譲り受けた。その後、亡英昭は、営業活動を展開したが、約半年経過したにもかかわらず五〇〇万円の売り上げをした以外には堀江の期待したとおりの成果を挙げることができず、そこで、堀江も亡英昭が成果を挙げないのに交際費を費消していることに強い不満を抱くようになった。
平成三年二月一七日、堀江は亡英昭に対し、交際費の使途を問い質したところ、亡英昭は、このうちの一部に相当性を欠いたもののあることを認め、これまで費消した約二〇〇万円の交際費の殆どが成果として現れていなかったことから、この二〇〇万円を原告に返済することとなり、同月一九日、この二〇〇万円を返済した。
その後亡英昭は、前記認定したとおり、平成三年五月二七日、取締役を任期満了により退任することとなったが、取締役在任中原告から役員報酬名目で五四〇万円の支給を受けた。
右認定事実によると、亡英昭は、取締役として当初から原告の業務に従事するようになったというのであるから、原告との間に雇用契約が締結されたというには疑問がある。
原告が亡英昭に対して支給した役員報酬名目の報酬額も支給時期、支給額の点において一定していないことも右のことを裏付けている。
亡英昭は、原告の従業員となり、一か月八〇万円の給与の支払が約された旨供述するが、これは原告代表者の供述と対比してにわかには信用することができない。
そして、他にこの点に関する被告ら主張事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、この点に関する被告らの反訴請求は理由がない。
三 亡英昭の株式譲渡代金返還請求権の有無
亡英昭の所有する原告株式の堀江に対する譲渡及びこの経緯については前述したとおりであり、この認定に反し、被告ら主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
よって、この点に関する被告らの主張も理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 林豊)